常岡浩介 イスラム国の件、北大生イスラム国参加未遂で公安、家宅捜査か


常岡浩介 イスラム国の件、北大生イスラム国参加未遂で常岡浩介、家宅捜査か

常岡浩介(イスラム国などを取材しているジャーナリスト)自宅に、昨日から公安の家宅捜査が行われているとの速報。常岡浩介さんは、社会派ジャーナリストで、シリアに渡り、イスラム国の取材などに実績がある。今回公安当局は、常岡浩介さんの自宅捜査で、任意の事情徴収、パソコン、スマホ、カメラなど複数代ずつを押収されている。

常岡浩介

常岡浩介さんは、純粋なジャーナリストであり、自信も「イスラム国」が行っていることは非人道的であると公表していることもあり、今回の公安捜査の意図が、信仰の自由、報道の自由、言論の自由を驚かすものなのでは?との見方もある。

というのも、常岡浩介さんはイスラム国やイスラム過激派を否定しているものの、イスラム教に改宗した、イスラム教信者であるからである。

北大生(26)が、日本人で初めてイスラム国の戦闘員を希望し、シリア渡航をこころみたという報道がされていて、日本国内に驚きと衝撃を与えているの事実である。このタイミングで、常岡浩介さんの自宅へと公安当局をしたということは、単なる偶然ではなく、少なくとも、常岡浩介さんと、該当の北大生、そして、イスラム国シリア戦闘兵の求人票を掲げた、秋葉原(外神田)の星雲堂店主らと、何らかの接点(同じイスラム教信者である、電話や、メールやりとり、シリアで会った、親交があったなど)と推測される。

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常岡浩介自宅、イスラム国北大生の件で、公安による家宅捜索
常岡浩介さんと、北大生、秋葉原の古書店星雲堂との接点は?
常岡浩介さんは結婚しているのか?
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常岡浩介自宅、イスラム国北大生の件で、公安による家宅捜索

常岡浩介(イスラム国などを取材しているジャーナリスト)自宅に、

昨日から公安の家宅捜査が行われているとの速報。

常岡浩介さんは、シリアに渡り、イスラム国の取材などに実績がある

いわゆるジャーナリスとである。

今回公安当局は、常岡浩介さんの自宅捜査で、

任意の事情徴収、パソコン、スマホ、カメラなど複数代ずつを押収されている。

言論、報道の自由との問題が、今後でてきそうであるが、

真相解明を待ちたい。

常岡浩介

常岡浩介さんと、北大生、秋葉原の古書店星雲堂との接点は?

北大イスラム国求人の秋葉原古書店星雲堂

星雲堂

イスラム国秋葉原古書店求人内容

常岡浩介さんは、イスラム国でもなければ、イスラム過激派ではない。

イスラム国が行っていることは、非人道的であり、非難されるべきである!というスタンスで、戦場取材に望んでいたといわれていますし、一般的な見方です。

しかし、イスラム教に改宗していることでは知られています。

今回、北大生イスラム国戦闘員参加希望の件で公安から調査をうけたというタイミングでのガサ入れですから、北大生らと、少なくとも、何らかの絡みがあったのではとの見方も普通に考えるとできます。

ここについては、公安当局の意図があると思いますので、今後も注視してみていきましょう。

報道の自由、取材の自由、言論の自由と、信仰の自由と、私戦予備及び陰謀との絡みで、今後注目される事例になると思います。

常岡浩介さんは結婚しているのか?

常岡浩介さんの経歴はこちら。2000年にイスラム教に改宗していますね。
過去の経歴をみると、ジハードに参戦しようとしていたと、海外メディアは報じていますが、日本政府は否定しているという何ともあやしげな状況ではありますね。

長崎県島原市生まれ。早稲田大学人間科学部在学中にアルジェリア、リビアなどを旅し、日本に伝えられている状況と現地の状況のギャップを知り、ジャーナリストを志す。

1994年、長崎放送報道部記者。
1998年に退社しフリーに。
2000年にイスラム教に改宗。一時期、アジアプレス・インターナショナルに所属。
2001年6月、チェチェン共和国、アブハジア取材中に行方不明と報道される。
2003年、インテルファクス通信が「日本国籍のチェチェン国際テロリスト」と報道する。
2004年、イングーシ共和国にて取材中、ロシア秘密警察に身柄を拘束される。同年ロシアを強制退去処分。
2010年4月1日アフガニスタンにてターリバーン幹部を取材直後、誘拐される。同年9月に解放。犯人は、常岡はアフガニスタン政府系のヒズミ・イスラミと呼ばれる組織だと語るが、アフガニスタン政府はタリバンが犯人であると説明している。犯人側もタリバンを自称していたという。
2011年9月17日、パキスタンで取材活動を行っていた最中、首都イスラマバードからクエッタに向けて移動するために立ち寄ったベナジル・ブット国際空港にて、同行の中田考とともにパキスタン当局に拘束される。中田はすぐに解放されるも常岡は空港ロビーで9月22日まで6日間拘束され続け、同日強制送還により帰国。拘束していた情報機関職員は日本政府からの依頼による拘束と説明していたが、日本大使館は依頼を否定している。またパキスタン政府は拘束の理由については明らかにしていないが、地元の報道によると、常岡がアフガニスタンに行きジハードに参加しようとしているために拘束したとしている。拘束中に大量の蚊に刺されたためにデング熱に罹患する

今後の報道に注視しましょう。

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